犬の存在というものは本当に不思議ですね。

特に仔犬なんかはその典型でしょう。仔犬の愛嬌のあるその顔、可愛さあふれるその仕種、心地よいその毛の柔らかさ、まさに心を癒してくれる存在であるといえるのではないでしょうか。

これが成犬であっても大差ないはずです。この不思議な存在である犬と触れ合うことで、人には色々ないいことが生じてきます。

犬と触れ合っている人に生じるよい影響だけではなく、犬を連れている人を見ている人にもよい影響が生じるのです。その両方が、ともにリラクゼーション効果によって引き起こされると言ってもいいかも知れません。

このリラクゼーション効果には、あるホルモンが大きな役割を演じていることが分かってきました。ここでは、犬と触れ合うことによって生じるリラクゼーション効果とそのメカニズムについて、学術研究に根拠づけられるものに限定して解説します。

筆者紹介:米澤利幸
島根医科大学(現島根大学医学部)卒業
福岡大学大学院修了(医学博士)
日本精神神経学会認定専門医
赤坂心療クリニック院長

犬が人に及ぼす心理社会的影響

・社会的相互交流の向上

犬が一緒にいると犬がいないときに比べて、他人から微笑みかけられたり声をかけられて会話が始まるなどのように、他人から友好的に見られることが増えます。

また教室に犬がいると、小学1年生の生徒は先生に注目することが増えるという報告もなされているのです。

さらに犬と一緒にいると、自閉症スペクトラム障害の子どもが相互に交流する頻度や時間が増え、精神科の入院患者でも他の患者との交流が増えることが観察されています。

・不安の軽減

犬が一緒にいると、心不全で入院している患者の不安が軽減され、急性統合失調症患者が医師と面接するときの不安も軽くなるようです。また、犬と日常的に触れ合うことのできる老人ホームでは、入居者の緊張や混乱が減るという報告もあります。

・共感の強化

教室に犬がいると、子どもの主体性が増すという研究があります。主体性は、自己と非自己を区別する能力の指標であり、共感の前提条件となる他人の気持ちや望んでいることを読み取る能力の前提条件となるのです。

・信頼の高まり

犬と一緒にいると、女性に電話番号を教えてもらったりお金を貸してもらうお願いに応えてもらう確率が高まるとの実験があります。

・攻撃性の鎮静化

教室に犬がいると、小学1年生の攻撃的行動が少なくなるということも観察されています。

 

犬が人に及ぼす身体的影響

・抗ストレス作用

現在、ストレスの指標として、ホルモンであるコルチゾール・エピネフリン・ノルエピネフリンがよく利用されます。これらのホルモンは全て、ストレスで増加するのです。ところが犬が一緒にいると、血液中および唾液中のコルチゾールが低下し、心不全で入院している患者のエピネフリンとノルエピネフリンが低下するとの研究結果が発表されています。

・健康への影響

犬を飼っている人は、より頻繁に運動し、睡眠がより良好で、病院に受診する頻度がより少なく、仕事を休むことがより少なくなっているとの調査があります。また、良好な免疫力の指標となる唾液中の免疫グロブリンA(IgA)が、犬を撫でたときにより増加するという報告もあります。

さらに犬が一緒にいると、安静時や読書時の子どもの血圧が下がり、大学生についての実験では、犬を撫でているときは読書やお喋りをしているときに比べて血圧が低くなることが報告されています。さらに犬と一緒に暮らしていると、一人暮らしの人の心血管疾患(一般には心筋梗塞など)になるリスクが低下し、一人暮らしであるかないかに関わらず、全般的死亡リスクや心血管疾患での死亡リスクが低くなるとの研究もあるのです。

心血管疾患はストレスでそのリスクが増加するため、これらの研究結果は、犬によるリラクゼーション効果を反映した結果と言えるかもしれません。

 

犬との触れ合いでなぜリラクゼーション効果が生じるのか?

 

ホルモンが関係?

オキシトシンというホルモンをご存知でしょうか?

オキシトシンは、作られた母乳を外に出す作用のあるホルモンですが、心理的にポジティブな効果のあることが分かってきました。

人間以外の動物では、子どもの面倒をみるとかカップルになるなどの親密さの行動を促進するとされ、人間では、信頼感や寛容さの向上、他人の心を推し量る能力の向上、社会に参加するような行動の増加、親密さや結びつきに向かう行動の増加、接近することを避けることを減らすなどの効果が報告されているのです。

さらに、オキシトシンは、無償の愛を促進することに関係する可能性や瞑想の効果としての精神性(spirituality)の感覚を増すという研究さえあります。

ところで、犬と触れ合うことでホルモンに変化が認められることが分かったのは、2003年のことでした。

犬に話しかけたり撫でたり、注意を完全に犬に向けて親和的な行動を起こしているとき、ストレスが低下する目印となるホルモンの増減が観察されたのです。

しかも、犬と人間の両方に同じ変化が生じました。

具体的には犬と触れ合うと、脳内麻薬といわれるβエンドルフィン、乳汁分泌ホルモンであり授乳中の気持ちを安定させるプロラクチン、快感ホルモンとされるドーパミン、そしてオキシトシンが増加し、ストレスホルモンと位置付けられるコルチゾールが減少しました。

これらのホルモン変化の中でも、オキシトシンの増加が最も際立つものだったのです。その後、犬との触れ合いによって生じるオキシトシンの増加が多くの研究で確認されています。さらに、我が国の研究では、犬と飼い主が互いに見つめ合うことで犬と飼い主の両方でオキシトシンが増え、鼻にオキシトシンを注入すると犬が飼い主を見つめる行為が増し、その結果、飼い主の尿中オキシトシンが増えることが分かりました。

 

無償の愛あるいは瞑想的構えの出現?

これまで述べた報告では、実験の条件として無心に犬と触れ合ったり見つめ合ったりすることを前提としています。

つまり、犬と触れ合っているときに、「やっかいなことになっているけど、どうしたらいいんだろう…」などと、現実世界で生じている問題にとらわれずに犬と接しているということです。

犬との触れ合いに心を集中しているのです。これは、瞑想的構えであると言ってもいいかもしれません。犬の可愛さ、あるいは犬への愛着の感覚に専心している状態は、なにかサマタ瞑想系の意識の構えに通じるように思えます。

ところで、鼻からオキシトシンを投与すると、瞑想によって誘発される精神性(spirituality:人は何か大きなもので互いに繋がっているというような感覚や生きる意味と目的性の感覚など)が高まるとの研究があります。

さらにまた、犬への愛着の感覚に専心し、犬もまた飼い主に無心に愛着行動で応えてくれる状態は、互いの無償の愛で交流しあっている状態であるともいえるかも知れません。犬が飼い主に愛着行動を示してくれるのは、餌が欲しいからではありません。

愛着するために愛着行動を示してくれているのです。飼い主側にとっても、ただ愛おしいゆえに犬に愛着行動を起こしているのです。

互いに見返りを求めて愛着行動を行っているのではないのです。カナダの研究では、中脳水道周囲灰白質のオキシトシン活性が無償の愛を賦活すると考察されています。このように犬との触れ合いは、オキシトシンを媒介にした瞑想的効果や無償の愛に関連する可能性もあるのではないでしょうか。

おわりに

ここでは、犬と触れ合うことによって生じるリラクゼーション効果とそのメカニズムについて解説しました。犬が人に与える色々な好影響について、面白い知見があります。犬を連れていると、笑顔を投げかけられたり話しかけられることが多くなるという研究の中で観察された事実です。

それは、同じ犬でもロットワイラーという犬種よりも、ラブラドールレトリバーの方が、他人からの友好的関わりが多くなるというのです。ラブラドールは、見知らぬ人にであっても愛らしく親しげに応答してくれます。一方、ロットワイラーは見慣れた飼い主には従順で友好的ですが、見知らぬ人には警戒心が強い犬種なのです。

人は言葉では表すことのできない知覚によって、他者の感情を読み取ることができます。見知らぬ人へのロットワイラーの警戒的な表情や雰囲気は、リラックス効果を弱めてしまうのかも知れません。つまり、犬から人がリラックス効果を得るためには、犬が友好的で愛着的行動を取ることが前提となるのです。

友好的で愛着的であることにより、私たち人間の脳の中でオキシトシンが増加して、リラクゼーション効果が表れてくるのでしょうね。

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